| ■ シナリオを読む 陽のあたる教室
作曲家への夢をあきらめた先生のシンフォニー
「学校の先生はサラリーマン化した」と言われるようになってから、かなり長い年月がたちました。経済が豊かになって職業の選択肢も広がり、生活を支える緊張感が少なくなった社会では、熱血教師なんていう力んだ姿勢はどこかズレた気恥ずかしいものという価値観が蔓延した。
そこで登場したのが、“デモ・シカ先生”です。「先生デモやるか」、「先生くらいシカやることがない」という軽いノリが受けて、先生市場は粗製濫造の時代を迎えました。出来合いの教育者に対する信頼感はめっきり薄れ、そんな学校制度に組み込まれた子供たちは、ますますストレスを内向させ、シラケ顔になっていったのです。
仮に30年前に中・高生を教えていた先生が、今の教育現場に復帰したとしたら、シラケ切った生徒たちにハッパをかける気概を失わずにいられるでしょうか。その昔、冷暖房もない汗臭い体育館で、“便所スリッパ”をはいてブラスバンドを指揮していた先生。体調の悪い子をつききりで介護しながら山のキャンプに同行した先生。落ちこぼれそうな子を毎朝起こしに行ってから登校していた先生−30年前の先生方が持っていた教育者としての使命感、時間と労力を惜しまず生活ごとドップリ生徒と向かい合った情熱や献身は、もはやオールド・ファッションな教師像として珍重され、『金八先生』の中に描かれるだけのものとなってしまった。珍しいからドラマにもなるわけですが、それが普通の先生像だった時代もあったのです。
この映画の主人公グレン・ホランド先生(リチャード・ドレイファス)も30年前J.F.ケネディ高校の音楽教師に就任したころは、そんなデモ・シカ先生の一人でした。
"I only got my teaching degree as something to fall back on, and now I have."
私は教師の資格は単に滑り止めに取っといただけなんですが、今や本当にそうなってしまいました。
新顔としては、口が裂けても職場では言えないセリフ。しかも相手は学校の経営者でもある校長先生(オリンピア・デュカキス)。「あとで私のオフィスへいらっしゃい」(生徒が先生にお小言を食らう時に必ず聞かれるセリフ)と早速にらまれてしまったが、どうってことはない。ホランド先生には教職なんかよりずっと大事な“ライフワーク”があったのです。いつかきっとジョージ・ガーシュインのような作曲家になって、交響曲を書きたい。自分にしか書けない、しかもアメリカを代表するような opus(作品)を・・・そんな夢に支えられているから、今だけは貧乏暮らしにも耐えられる。作曲に没頭する時間さえ確保できれば、給料が少なくたって構わない。
というわけで、最もフリー・タイムが多く得られそうな学校の先生になったのですが・・・同僚のフットボール・コーチ(ジェイ・トーマス)は笑って言います。「フリー・タイム? 最近いつフリー・タイムがあったか覚えてないくらいだよ」。 |