はじめに
ウォルター・パークス

上 ローリー・マクドナルドとウォルター・パークス。
『グラディエーター』製作総指揮者とドリームワークス映画共同社長
最大の映画はちょっとしたことでその瞬間という鍵を手にして創られる。
我々は、モロッコの骨董品があふれる洞穴のようで現代風でもあるオフィスで待っていた。約1年間、脚本に取り組んだ後で、製作者のダグラス・ウィックと私は、リドリー・スコットに『グラディエーター』の監督を依頼しに来ていた。デビッド・フランゾーニの脚本第2版と、19世紀フランス絵画のカラー複製も持参していた。ダグと私はすぐにリドリーの事務所に案内され、そこで脚本を改定する意向を話して議論を始めようとしたところ、私は気ずいたのだが、リドリーの目が画像を行きつ戻りつ彷徨っていたのだ。
絵はジャン=レオン・ジェロームの『指し降ろされた親指』である。コロセウムで行われた剣闘士競技の決定的瞬間が描かれている。大きな兜で顔を覆い隠した一人の剣闘士が、倒した相手の喉元に立って、皇帝の最終評決を待っている光景である。主題はよく知られているのに待遇はよくない。ジェロームは古代ローマを、自分の想像力とその時代の色彩とスタイルで描こうとした。刺激の強い地中海的な明るさを捨て、代わりに深い影が光景を横切る。コロセウムの巨大な石縁には、トルコ織物やペルシャ絨毯が掛けられ、その雰囲気が柔らげられている。ジェロームによると、ローマ女性たちは、その時代の陶器に描かれている清潔な白やサフラン色の衣服よりは、むしろ色彩豊かで中が透けて見えるガウンの方を好んだらしい。
単純にいうと、絵画はその時代の画家によって解釈された歴史であると言える。映画『グラディエーター』もその通りである。リドリー・スコットが創作するローマ世界は、入念に調査されて確信できるものだったが、想像の世界でもある。近衛兵が身に着けるファシスト風な鎧兜から、すべての馬の流れるようなたて髪(当初は刈り込んだたて髪という指定をしてなかった)、最終対決の場となる闘技場の床を覆うバラの花弁に至るまで、どのフレームにもリドリーの署名がしてある。だが、これですべてのビジュアル・スタイルが完了したのではない。つまり、詳細な注意を注げば注ぐほど、物語やテーマ、登場人物などの価値をさらに高めることに役立つからだ。この規模は三大陸での現地撮影や何百人ものスタッフ、ときには何千人ものエキストラによる厖大なスケールになった。
『グラディエーター』はヒューマン・スケールに立って語られ、心の底から近親感を与えてくれる物語になっている。これこそは絶頂期にある本当の芸術家の作品である。
私が要点を話し終えると、リドリーはただ絵を指して「私にこれはできる」と言った。そして彼は成し遂げた。
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